P--1309 P--1310 P--1311 #1念多念分別事 一念多念分別事    隆寛律師作 念仏の行につきて 一念多念のあらそひ このころ さかりにきこゆ これは きはめたる大事なり よく 〜 つゝしむへし 一念をたてゝ 多念をきらひ 多念をたてゝ 一念をそしる ともに 本願のむねに そ むき 善導のをしへを わすれたり 多念はすなはち 一念のつもりなり そのゆへは 人のいのちは 日日 に けふや かきりとおもひ 時時に たゝいまや をはりとおもふへし 無常のさかいは むまれて あ たなる かりのすみかなれは かせのまへのともしひを みても くさのうへのつゆに よそへても いき のとゝまり いのちのたえむことは かしこきも おろかなるも 一人として のかるへき かたなし こ のゆへに たゝいまにても まなこ とちはつる ものならは 弥陀の本願に すくはれて 極楽浄土へ む かへられ たてまつらんと おもひて 南無阿弥陀仏と となふることは 一念無上の 功徳をたのみ 一念広 大の 利益をあふく ゆへなり しかるに いのち のひゆくまゝには この一念か 二念三念と なりゆく  この一念 かやうに かさなり つもれは 一時にもなり 二時にもなり 一日にも 二日にも 一月にもな り 一年にも 二年にもなり 十年 二十年にも 八十年にも なりゆくことにてあれは いかにして け P--1312 ふまて いきたるやらむ たゝいまや このよのをはりにても あらむと おもふへきことはりか 一定した る みのありさまなるによりて 善導は 恒願一切臨終時 勝縁勝境悉現前と ねかはしめて 念々に わす れす 念々に おこたらす まさしく 往生せむする ときまて 念仏すへきよしを ねむころに すゝめさせ  たまひたるなり すてに 一念をはなれたる 多念もなく 多念をはなれたる 一念もなきものを ひとへ に 多念にて あるへしと さたむるものならは 無量寿経の中に あるひは 諸有衆生 聞其名号 信心歓喜  乃至一念 至心廻向 願生彼国 即得往生 住不退転と とき あるひは 乃至一念 念於彼仏 亦得往生と  あかし あるひは 其有得聞 彼仏名号 歓喜踊躍 乃至一念 当知此人 為得大利 則是具足 無上功徳 と たしかに をしへさせ たまひたり 善導和尚も 経のこゝろによりて 歓喜至一念 皆当得生彼とも  十声一声一念等 定得往生とも さためさせ たまひたるを もちゐさらんに すきたる 浄土の教の あ たやは さふらふへき かくいへはとて ひとへに 一念往生をたてゝ 多念はひかことゝ いふものならは  本願の文の 乃至十念を もちゐす 阿弥陀経の 一日乃至七日の称名は そゝろことに なしはてんするか  これらの経によりて 善導和尚も あるひは 一心専念 弥陀名号 行住座臥 不問時節久近 念念不捨者  是名正定之業 順彼仏願故と さためをき あるひは 誓畢此生 無有退転 唯以浄土為期と をしへて  無間長時に 修すへしと すゝめ たまひたるをは しかしなから ひかことに なしはてんするか 浄土門に いりて 善導の ねむころの をしへを やふりも そむきも せんするは 異学別解の 人には まさりたる  P--1313 あたにて なかく 三塗のすもりとして うかふよも あるへからす こゝろうきことなり これによりて  あるひは 上尽一形 下至十念 三念五念仏来迎 直為弥陀弘誓重 致使凡夫念即生と あるひは 今信知 弥 陀本弘誓願 及称名号 下至十声一声 定得往生 乃至一念 無有疑心と あるひは 若七日及一日 下至 十声 乃至一声一念等 必得往生と いへり かやうにこそは おほせられさふらへ これらの文は たし かに 一念多念 なか あしかるへからす たゝ 弥陀の願を たのみ はしめてむ人は いのちを かきり とし 往生を期として 念仏すへしと をしへさせ たまひたるなり ゆめ〜 偏執すへからさることな り こゝろのそこをは おもふやうに まうしあらはし さふらはねとも これにて こゝろえさせ たま ふへきなり おほよそ 一念の執かたく 多念のおもひこはき 人々は かならす をはりのわるきにて  いつれも〜 本願に そむきたる ゆへなりと いふことは おしはからはせ たまふへし されは かへ す〜も 多念すなはち一念なり 一念すなはち多念なりと いふことはりを みたるましきなり   南無阿弥陀仏      [本云]       [建長七{乙卯}四月廿三日 愚禿釈善信{八十三歳}書写之] P--1314